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銀月アパートメント

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ピノの建もの探訪♪BGMは小田和正で。
北白川の分流点に楚々とした佇まいで鎮座する銀月アパートメント。
前から気になってたんですが、今日は近くに行く用事があったので、せっかくだからと
行ってみました。

スパニッシュコロニアルと言われる様式で建てられています。
その名の通り、スペインの移民が植民地で発達させた建築様式で、漆喰の外壁と瓦葺が
特徴です。
『クローズド・ノート』『鴨川ホルモー』などの映画にもロケ地として使用されていますが、
実は現役バリバリのアパート。
風呂無し共同トイレという時代遅れ感満載なとこなのに、現段階で満員御礼。
以前は京大生の寮として使われていたそうですが、今は色々な人が住んでいるのだそうで、
アトリエとして使われているのかなという感じの窓もいくつか。
確かに大学生の頃は風呂無しなんて当たり前の時代がありましたもんね。
幸い私は風呂付でしたが、私の頃でも友達は風呂無しなんて当たり前でした。
今の大学生もそんな子いるのかしら。

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満員御礼の主たる理由は映画の撮影に使われたから、と思いきや、実はこういう古い
けどモダンな物件が、今めちゃんこ熱いのです。
古い町家のリフォーム物件とか、町家カフェなんてできちゃったり。
ヒルズみたいな先進的な建物に惹かれる人もいるのでしょうが、今ブームは断然レトロ。
不景気だからみんな癒しを求めてるんだ!と勝手に思ってるんですが。

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京都に住む友人に、このアパートの話を聞いたことがありました。
とにかく色々な噂のある建物なのだそうで。
戦前には既にあったとか遊郭だったとか映画監督の大島渚氏が学生時代住んでたとか。
赤線廃止は1953年。大島渚が京大を卒業したのが1954年。
遊郭話が本当なら、直後に寮になることは考えにくい。
出入りしてたってのが住んでた話に変換されてるんでないか?というのが友人の意見。
まあ『愛のコリーダ』ですからね、色々経験豊富じゃなきゃあんな映画はモニョモニョ。
ついでに、「しかもバケが出る。」んだそうです。

でも全てが噂。
根拠のあるものは、実はなんにもありません。
今にも壊れそうな儚さと、どうしようもなく切ない懐かしさを感じさせる佇まいが
そんな噂を流してしまうのかもしれないなぁ、なんて思いました。
その根拠のなさこそが、京都の歴史の一部である証拠のような気もします。
誰が建てたのかも、何の目的で建てたのかも不明。
その曖昧さが、今の何とも言えぬ柔らかい雰囲気を醸し出してるのだとしたら、
存在をありのままに受け止めることの重要性を感じずにはいられません。

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事実は枝垂れ桜と看板だけが知っているだなんて、素敵じゃないですか。

中も見てみたかったけど、アパートとはいえ他人様のお住まいですから、外側だけ。
春になったら、今度は満開の枝垂れ桜を見に行きたいと思います。
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御影公会堂

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昨日学祭に行った時に、阪神御影駅からちょっと歩いて、もっこすにラーメンを食べに
行きました。
御影公会堂の、石屋川をはさんですぐ隣。
デジカメの電池がなかったので携帯で撮りました。

御影公会堂が設立されたのは1933年。昭和8年です。
神戸大空襲では被弾したものの形状はとどめており、避難所として使われました。
『火垂るの墓』の映画の中で、「きれいさっぱり焼けてしもうたな」と清太が思わず口に
した焼け野原の中に、ポツンと立っている建物が御影公会堂。
空襲後修復され、阪神大震災にも耐え、設立当時の姿まま今も淡々と活躍中。
この日も七五三のお祝いののぼりが立てられ、玄関にも人がチラホラ。
設計したのは清水栄二氏。
関東大震災を経験した、鉄筋コンクリート造建築を設計できる数少ない建築家だった
のだそうです。

時代の流れは、こういう歴史的な建築物の解体を防ぐことができません。
勿論金銭的な問題もあるのでしょうけど、安全性を重視した場合致し方なかったり。
「何とか保存できないのか」と言う人もいますし、私もそう思うことが多々あります。
そんな中でも現役で、解体の噂もまだない数少ない昭和初期建造物。
いつかその時は来るのかもしれないけど、できるだけ長く気張っていてほしいです。

ちなみに、ここの食堂のオムライスが美味しいんだそうです。
今度食べてみようと思います。
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